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NHK BS-2「45日間奈良時代一周」 

ことしはもちろん奈良遷都1300年。去年、興福寺の「お堂で見る阿修羅」を拝観したくて奈良に行こうと思ったらホテルの空室がまったくなく断念しました。思いつきで行けるレベルの盛り上がりは越えてるので、まぁことしいっぱいは祭りなので何かとダメでしょうね…。

そんななか今月からNHK-BS2でタイトルのような地味番組が始まりました。みなさまのNHKのスゴイところは、こういうユル企画がさらっと通ってしまい、それが意外にも見応えがあっちゃったりするところです。番組は毎回ひとつのテーマに焦点を当て、週がわりでふたりのなぜか特撮出身の若手俳優(泉政行瀬川亮)が奈良であんなことやこんなことを体験する15分もの。

何気なく観た初回がですね、10年間の解体修理が始まった薬師寺の国宝、東塔の足場に専門家の先生とさらっと登っちゃって、屋根の上の多宝塔を至近距離で見ちゃったりしてるわけ。それも

「このあたりは奈良時代の木を使ってます」

と専門家の先生に教えてもらったのを「おお!」とか言って触っちゃって、先生に「あ、あまり触らないほうがいいね」とかツッコまれてるw

泉政行って、なんかどこかで見たことあるねダレ?って思ってググったら

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「ライアーゲーム」のファーストシーズンでアロハみたいなシャツ着てたチャラ男のオカノケンヤ君でしたw もともと

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仮面ライダーの人だったんだ…

撮影がまだ続いてるようで、奈良からの生レポも読めるのでつい彼のブログまでブクマしてしまった(汗

泉政行の青空に浮かぶ月(アメブロw)

もうひとりのレポーターは瀬川亮

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また違う味わいがあっておもしろいです。無邪気な泉vs.体育会系の瀬川?みたいな感じですが、見てて生の反応がおもしろいのは圧倒的に「泉くん」(と、ナレーターに呼ばれる)ですねw

NHKの朝ドラのヒロインの相手役や大河(「風林火山」)にも出演しながらNHK専属俳優的な位置を抜け出せない瀬川選手の限界をちょっと見たような?

ときどき

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鹿男あをによし」のサントラを臆面もなく使っちゃってるところも好きです。月曜からまた泉ウィークなので楽しみwww

それにしても普通に「こんにちは~」「またきました」とか言って奈文研行って木簡とか見られたり、牛乳を8時間煮詰めてつくる「蘇」ばくばく試食できたり、うらやましすぎる!

あとね、太安万侶のお墓を1979年に発見した人が90歳を超えてまだお元気だったのは超衝撃でしたわ。

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日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか~400時間の証言より~ 12月7日放送 

この夏、3夜連続で放送されてかなり話題を呼んだ(と思われる)NHKスペシャル「海軍反省会」ですが、真珠湾攻撃の12月8日にあわせて特別番組「日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか~400時間の証言より~」が放送されるとのことです。

「日本海軍の幹部たちが、戦後自らの責任を徹底的に議論し、極秘裏に遺していた「海軍反省会」の記録。半藤一利氏と澤地久枝氏、戸高一成氏が語る」(NHK公式の番組紹介より引用)

メンバーを考えあわせるとある程度内容は予測がつきますが(汗 「坂の上の雲」で浮かれてるだけじゃないのか(汗汗 と思いました。

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先日書店で実物を手に取りましたがずっしり分厚い本です。お金も気合いも足りないのでとりあえずそっと棚に戻しておきますた…観たらまた感想を書きたいと思っています。

こんな「大和」と「赤城」ならほしいかも! 

子どもの頃、我が家はレゴ派ではなくダイヤブロック派で、色とりどりのブロックをつかっていろんなものをつくっていました。よくあるなんとかセットみたいなのではなくベーシックパックだったので、ただ積み上げてブロックをはめてゆく作業がひたすらおもしろかったように思います。

そんなダイヤブロックに「nanoblock」というシリーズが出ているのを知りました。ブロックの突起部分がわずか4mmと通常のブロックの半分のサイズだそうで。パーツの大きさが大きさなので、小さいお子さんがいるご家庭にはちょっと向かないと思いますが…。

動物や東京タワーなどのほか、こんなものがつくれちゃうそうです。

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戦艦大和(紹介ページはコチラ)

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空母「赤城」(紹介ページはコチラ)。

半分サイズといっても、かなり精密なもので、実物の1/600スケールとのこと。完成すると40cmくらいになるようなので我が家には置き場がないのですが、ほ、ほしいです…。

大和もいいけど、艦載機(ちいちゃすぎて何かはわかんないけどw)が載ってる赤城にぐっときます。紹介ページの

「ブロックですので改造も簡単です。お好みに応じて3段甲板など各時期の空母赤城に改造してみるのも面白いかもしれません」

なんていう誘い文句にもそそられる~。

備忘録:「日本海軍 400時間の証言」9月に再放送 

先週の日曜から3夜連続で放送されたNHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言」。史実として目新しいことは、たぶん中途半端に知識をもっている私でもほとんどなかったのですが、戦後40年たって、日本海軍の中枢で戦争を遂行した人たちが中心となって10年以上にわたって「海軍反省会」なるものを開き、カセットテープにその内容を録音していた、という話です。

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→10年以上にわたって続いた反省会のうち、最初の10回をテキスト起こししたもの、とのこと。4200円か~うーん、買いたいけどボーダーだなぁ。

メンバーのなかには、戦後、散逸した海軍関係の資料を集め続けた方もいれば、

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こんな本を書いた方も参加していました。

第1回を観た段階では、まだ関係者がある程度の数存命だった昭和の終わりごろになぜ内容を公開しなかったのか、それはたとえ海軍の「恥」であっても、内輪で結論を出すだけでなく、当時の状況を知る人間に検証してもらうこと、次の世代に教訓を遺さねば「反省」の意味がないのではないか、と考えたのですが、貴重な一次情報であることは間違いないなとちょっと考え直しています。

残念なことに、内容的に最もインパクトがあった第2回の「特攻 やましき沈黙」が大雨情報報道のためL字画面になってしまったので再放送をチェックしていました。

放送日程は以下の通りです。

第一回 開戦 海軍あって国家なし
9/8(火)0:10~1:09(7日24:10~25:09)NHK総合

第二回 特攻 やましき沈黙
9/9(水)0:10~1:09(8日24:10~25:09)NHK総合

第三回 戦犯裁判 第二の戦争
9/10(木)0:10~1:09(9日24:10~25:09)NHK総合

シリーズ通して印象的だったのは、やはり海軍も「空気」に支配された組織であったということ。何度「空気」ということばが出てきたか次に観る時は真剣にカウントしようか、くらいの勢いです。

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→名著。そして「空気」は確実にいま、あなたの周囲にも存在します。

8月15日と米内さんのこと 

===引用ここから===
晴れた暑い日であった。自動車も動かず工場も操業していないので、空が青くよく澄んでいた。放送が終ると、米内は左隣に汗をうかべて立っている豊田(とよだ)軍令部総長に
「よかった」
と握手を求め、真昼の夏空を見上げながら首を二、三度振って、別に重い足取りという風でもなく大臣室の方へ帰って行った。(阿川弘之「米内光政」より)
===引用ここまで===

1945年8月15日の情景です。

昭和15年に半年だけですが総理大臣をつとめ、日本海軍最後の海軍大臣となった米内さんに興味をもったのは春先のこと。きっかけは忘れてしまったけれど、同じ阿川弘之が書いた

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「井上成美」を読む機会があり、海軍という組織のなかでとにかく持論を通し、一部の人からは「国賊」などと呼ばれながら昭和20年、帝国海軍が任じた最後の海軍大将になった人と知ってすごく共感を覚えたのがきっかけでした。

私はもちろん凡人で井上さんのように優秀なわけではないし、自分にあれほど厳しくもないけれど、理屈の通らないことは大嫌いだし、「空気」に流されて組織のなかで長いものに巻かれるのも好きではないので思ったことを言ってしまい気まずくなることが以前は多かった。

よって、一般的には「使いにくい」とされる個性的すぎる人材を、部下としてきっちり使った、上司の米内さんという人に非常に興味をもちました。というわけで流れで読みました。

米内光政 (新潮文庫)米内光政 (新潮文庫)

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読み終わるころには、阿川さんが取材した部下たちがほぼ口を揃えて絶賛する温和で円満なキャラクターの持ち主であり

「佐世保駅のプラットフォームが芸者で埋(うずま)るようであったという」

とその道のプロである花柳界のおねいさんたちのハートをがっちり掴み、昭和13年の段階で、雑誌の「当世男十傑」に「米内海相。美男子」などのコメントをもらってランクインするなど「かっこいい」男でもあったということで、米内さんのことをもっと知りたくなっていました。

が。

とりあえず軽くググってみたらば。検索結果より上に……

他のキーワード:米内光政 スパイ 米内光政 フリーメーソン 米内光政 身長 米内光政 色紙 米内光政 記念館

え………(^^;

ということで、その後いろいろ本を読んだりネットを彷徨ったりして、ファンの人と同じかそれ以上にアンチの人も多い、評価がまっぷたつに分かれている人物と判明。

ただ、これまでに当たった本やウェブサイトの困ったところは、贔屓もアンチもどちらも極端なんですよね…。

と思って再読してみますと、阿川さんの本も当然、かなり贔屓入っています。まぁ、比較的近著の

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では「アル中」なんて書いてるくらいですけどもw

「井上成美」ではけっこう井上さんに辛口のことを言っている人のことばもたくさん収録していることを考えると、米内さんのことを悪く言う人は相対的に少なかったのだとは思いますが。

阿川さんの本でのちのち、ちょっと…と思ったのは最初に考えていたよりも、緒方竹虎の書いた「一軍人の生涯―回想の米内光政」からイタダキしちゃってる記述が、きちんと引用している箇所よりも実は多いことです。

米内さんは昭和23年に亡くなっているから、たどれるネタ元が限られるのはわかってるんだけど。

例えば米内さんが亡くなったときの記述。

「遺骸の眼はくぼんで皮膚は枯れ、目立つのは太い骨組ばかりであった」(阿川本文庫版619ページ)

の描写に初めて読んだときは思わず息を呑みましたが

「あの初めて海軍大臣に就任した頃の豊頬の見る影もなきは勿論、眼窩はくぼみ皮膚は枯れ、人並み外れて逞しい骨組のみが徒らに目立つて見えた」(緒方本〈初版267ページ〉)

あれれ……

「贔屓系」の本には今度は阿川さんの本からそのまま引っ張ってきたような描写や記述があったりして。

アンチさんたちも、誤字までそのまま引っ張った、他者の書いた米内さん攻撃の文書をそのままウェブに上げてたりして(どこが震源地なのかはわからないけど)。

アンチさんたちに特徴的なのは、特定の書籍1冊だけを挙げて米内愚将論を書いているか、資料を明記せず、伝聞らしきものを断定口調で「ソ連のスパイ」「アメリカの手先」と断じていることですね…

専門家ではないので調べるリソースも時間も限界はあるけれど、もっと深く調べるにはやはり、一次資料に当たるしかないのかなと最近思い始めているところです。

個人的にはスパイ説とか、フリーメーソンの陰謀とか言い出すとそれですべてそこがオチになっちゃう気がするので、その立場には立ちたくないんですよね。

そもそも、本当にアメリカのスパイなのに、最高血圧260とかで海軍大臣務め続けるとか、そこまで「親米」に徹することができるというのはむしろ不自然なのではないかと思ってます。

検索しているうちに興味深い画像を見つけました。1938年(昭和13年)から1945年まで内閣情報部が発行していた「写真週報」という雑誌があるのですが、ここには木村伊兵衛や土門拳などがカメラマンとして参加しています。

で、木村伊兵衛が撮影した米内さんの1938年の写真があります。

米内さんの写真はかなりWikipediaの米内さんの項で網羅されています。

あるいは、雑誌「TIME」の表紙だったり。昭和のはじめまでは比較的地味だったとされているわりに、TIMEの表紙は海軍大臣になったときと首相になったとき、2度も飾ってるんですよね。

1937年8月30日号 (海相就任時)

1940年5月4日号 (首相を退陣するほぼ1カ月前)

一方、「写真週報」の画像は、見つけにくいところにあって、通常の画像検索では見つかりません。

「写真週報」に撮影者として登場する著名人(国立公文書館 アジア歴史資料センター)
→ページのまんなかあたりにいらっしゃいます。

一般によく知られている米内さんの写真は礼装のおすまし写真ですが、さすが木村伊兵衛。左の口角をちょっと上げた、見たことのない表情で写っています。

それが、Wikipediaの画像に戻って「小磯内閣で海相を務める」「鈴木内閣で海相に留任」あたりの画像を見ると、本当に別人のようにやせてしまっています。

ホントに敵国を利するようなことを恒常的に続けていた(=スパイ)人が、食糧は配給以外まったく手を出さずやせ細るほど自分を律することができるんでしょうか?答えは否だと私は思っています。

動機がない、と思う。

米内さんが配給以外の食糧を食べていなかったことは当時広く知られていたようで、帝銀事件について書いた坂口安吾の文章の中にこんな記述がありました。

===ここから引用===
私は政治家が、政治家的ルートによって暖衣飽食していることをとがめたいとは思わぬ。むしろ暖衣飽食すべきだと思う。かつての米内大将のごとくに、ゾースイをすすり、国民に範をたれるのも、その人格の高潔なる、まことに有難いことだけれど、しかし、政治は清貧を事とする無策なものでは困るのである。(「青空文庫」坂口安吾 帝銀事件を論ずより)
===引用ここまで===

現時点までの知識では、やはり米内さんは日本敗戦のダメージを最小限にするために奔走した人、ということで日本人は覚えておいてもよい名前ではないかと思っています。

とはいえ、本土決戦を訴える陸軍との落としどころに苦慮していたのはわかるけど多数の死者が出ている原爆投下について

「言葉は不適当だと思うが、原爆やソ聯の参戦はある意味、天佑だ」

という意味の発言をしたというのは、ちょっとナイな…と思うし、軍令部との関係が統帥権の問題が絡んでいるのは承知だけど、予備役から復帰して小磯内閣の海軍大臣になってから、神風とか回天とかの特攻が始まっていることについても、軍政の部分から手をこまぬくことしかできなかったのか。きわめて疑問です。

米内さんに直接部下として接した人たちの証言を読むと、部下への思いやりがすごくある人なんですよね。そんな人が、人間を兵器とする、それも、成功率が低い兵器が作戦として使用されることに心が痛まないはずがないのですが…。

人事とか、さわれなかったんでしょうか?

あと、上にリンクを貼った写真週報の記事でも、もちろんこの雑誌がプロパガンダ用のものであったことを考えれば当然とはいえ、けっこう中国戦線に関して勇ましいことおっしゃってます。

確かに、日独伊三国同盟に関しては山本五十六と暗殺の危険も顧みず全力で反対したのは事実だと思うし、対米戦に関しては「日本の海軍は米英と戦争するようにはできていない」と言いきってますが、じゃ、中国への侵略について、上海駐留の第一遣外艦隊の司令官も務めた米内さんはどう考えていたのかはもうひとつ見えてこないように思います。

それと、数日前に放送があったNHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言」の最終日のラストにちらっと、国體護持(昭和天皇の保護)のために奔走した米内さんが少し紹介されていました。

番組のトーンは、天皇の戦争責任をナシにするために、海軍省(のちに第二復員省)が陸軍側だけでなく、海軍の第一線にいた人たちに責任を押しつける工作を組織をあげてやってた、という感じで。

これもまた、可能なら何らかの形で検証したい…。

戦争が終わって64年、新しい資料などはなかなか出てこないとは思いますが、これからも細々、米内さんを追いかけていきたいと思っています。

とても米内さんスキスキビーム満載の本を書いている高田万亀子さんみたいに「美人間」なんていう持ち上げ方はできないですが、読書家であり、自分が思ったことをきちんと書き留めていたりしていたのも共感できます。そうした書きものの多くが空襲などで焼失してしまったとされているのは本当に惜しい。

終戦といえば、最近こんな本を読みました。

日本人の戦争―作家の日記を読む日本人の戦争―作家の日記を読む
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ドナルド・キーンってやはりスゴイ人です。また機会があったら感想を書きます。

少女たちの日記帳 ヒロシマ 昭和20年4月6日~8月6日 

総合テレビでは広島・原爆の日の6日20:00から放送される番組を一足早くBS hiで観ました。
1時間50分の放送でしたが、ぎっしりと伝わってくるものがあり、どうやって総合テレビでこれをわずか45分で見せるつもりなのか心配に。

最近、NHKではよくスタンダード版を総合テレビで放送し、延長・充実版をBS hiで放送するおいうパターンを見るようになってきましたが、こういう丁寧につくられている番組はフルバージョンをきちんと総合テレビで観せるようにしてほしいと思います。

ヒロシマ、遺された九冊の日記帳ヒロシマ、遺された九冊の日記帳

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爆心地から600mのところで建物疎開の作業中に被爆し、多くの犠牲者を出した広島県立第一高等女学校(現:広島皆実高等学校)の1年生たちが入学した4月6日からつけ始め、ほとんどが原爆投下前日の8月5日まで書き続けられていた日記をもとに、当時の少女たちの学校と家庭での生活を再現。

疎開などで生き残った同級生や肉親の証言を交えて、当時の暮らしの様子、戦争末期の庶民のモノの考え方などの一端を見ることができました。

ドラマ部分は群像劇ですが、主演格は森迫永依。「副級長」になって同級生たちから嫉妬されて小学生時代からの同級生と口論になったりしつつも、親しい友人を気遣う優しい少女として描かれていました。

この部分はなかばフィクションだと思いますが、ふとしたことから知り合いになった同年代の男子学生と、校則でことばをかわすことができず、川を挟んで手旗信号を使って自己紹介する場面が胸を衝きました。

知り合った経緯などはいまも不明ですが、戦後50年たって、男性からこの少女の家に当時の少女を描いた肖像画が届き、その届いた名前が微妙に間違っていたことから手旗のシークエンスを想像したようです。

当時の様子を描いた場面で印象的だったのが、ヒトラーやムッソリーニが死んだことが新聞で伝えられていたことや、沖縄戦の、阿嘉島での女学生による「突撃」が美談として報じられていたこと、飛行機を飛ばす燃料が足りないので「ひまし油」で知られる「ヒマ」を自宅で育てるように奨励されたことなどでした。

配給当番として母親と一緒に近所に出向き、1本のレンコンを4家族で分けるといった様子も描かれていたりして…。


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→女学生たちが遺した、同じ日記をもとにつくられたアニメーション。鮮烈に記憶に残っていたのですがなんと20年前、1988年の制作。ひえー。

ETV特集「戦争を着た時代」 

日曜の晩に放送されたETV特集「戦争を着た時代」を観ました。日清戦争から太平洋戦争まで、羽織の裏「羽裏」や子ども、特に男の子の着物などに、戦争の情景や武器、戦闘シーンなどを描いたデザインがたくさんつくられ、多くの人に着られていたことを紹介した番組です。

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番組は、上記の本の著者である東海大学国際文化学部教授の乾淑子さんと作家の澤地久枝さんが対談し、証言を交えながら進むという形式で進んでいきました。

前提として、当時は戦争といえば勝つものだという立ち位置にあったからこそなのかな、とは思いましたが、投下される爆弾の絵、自爆して死んだ兵士(いわゆる「肉弾三勇士」「爆弾三勇士」)を子どもにデフォルメしたり、そういうのを身にまとうことがcoolであった、という史実を受け入れるのに現代の私の感覚では1時間たっぷりかかりました。

韓国の併合や満州国の建国、松岡洋右の演説と国際連盟脱退など、ことごとく着物のモチーフとなっていて、なかには新聞の紙面をそのまま着物の柄に写し取ったものも。

「戦争が消費の対象」

という考え方も、ちょっと怖かったです。今、平和を享受している私が観れば違和感があるものも、子どもの頃から慣れ親しんでいればちっとも違和感は感じない。ということは、今私が違和感のない感覚も実はどこかおかしい部分があるのかもしれないと思うと、それもおそろしい。

着物の意匠だけに、太平洋戦争の激化とともに物不足となり、しだいに戦争柄の着物はなくなるわけですが、その型紙を活かしたような格好で戦後早い段階で今度は米軍兵たちをモチーフにした柄がつくられ、売られていたということにも驚きを禁じえませんでした。

誰がいったいそういう柄の着物を着ていたのかと。

いまで言うなら「キャラクターもの」に近い扱いなのかな、とも思いますが、戦う兵士を描いたお茶碗が子ども向けに戦争中もつくられ続け、使われ続けていたことなども衝撃的でした。

参考:ETV特集「戦争を着た時代」紹介ページ
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