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見どころは歌舞伎座 球形の荒野 

松本清張の作品はドラマ化されるとだいたい観てしまいます。今回も小説は未読ながら、東京オリンピックの時代の話だということで観てみたんだけど、ちょっと残念でした。

球形の荒野〈上〉―長篇ミステリー傑作選 (文春文庫)球形の荒野〈上〉―長篇ミステリー傑作選 (文春文庫)
松本 清張

球形の荒野〈下〉―長篇ミステリー傑作選 (文春文庫)

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物語は壮大なスケールだったのに、いかんせん主演の田村正和がもうどうしようもなかったとしか言いようがなかった…。戦前の外交官という気品や知性みたいなものを突き詰めた結果のキャスティングであり、代わりに誰が演じればよかったか思いつかないのが正直なところだけれど、特に昭和39年に謎の男として登場するところでの滑舌と台詞回しが本当に何言ってんだかものすごく集中しないと聴き取れないというのは致命的だったのでは…

まあ昔からそんなにメリハリのある喋り方をする方ではなかったわけだし彼なりの台詞回しにすると古畑任三郎になってしまうしね。

ほかのブログをいくつか読んだ感じではあまりよい印象がもたれていなかったような生田斗真については、彼なりにがんばっていたと思います。ただし


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「うぬぼれ刑事」の劇中劇で刑事を演じていたサダメにしか見えなかったことを除けばね(汗

過去に何度かドラマ化されていて、久美子が主人公のようですね。今回の久美子は比嘉愛未で、私は彼女の華やかさと時折感じる寂しげな表情はよかったと思ってるんで、やっぱり田村正和ありきな話にしちゃったところが失敗だったのではないでしょうか。

文句言いながら前半後半観ちゃいましたが見応えがあったのは日頃あまりテレビドラマのロケ地として使われることがなかった、歌舞伎座でロケをしていたところです。正味3分くらいでしたが、正面の入口(撮影は去年の10月)、1階ロビー、西側階段、一階西側桟敷、一階の二等席、そして東側にあった歌舞伎稲荷と懐かしいところが次々に出てきました。

外観の10月はドラマが描いた時期が東京オリンピックが開幕する直前の1964年10月だったからで、正面入口上にかかっている提灯に「御名残十月大歌舞伎」の「御名残」が見えちゃってましたw

番組の公式ブログでスタッフさんが書いていましたが驚いたことに内部の撮影はことし4月に行われたそうです。

それも

「撮影の数日後には取り壊されました」

とありました。確かに、1階には「助六」の河東節の出演者ボードが見えてましたので…4月の撮影がいつだったのかわからないですが、4月特に後半はいまの歌舞伎座とお別れということで劇場内がものすごく独特の雰囲気だったので、いろんな意味ですごいなぁと。

壊されてしまったとはいえあの歌舞伎座がこんな形で映像として残ってちょっとうれしかったです。

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この本めっちゃ高いけどちょっと欲しくなっちゃったな。収録されている画像の一部が「和楽」のサイトのなかで確認できます。

http://www.waraku-an.com/lastshow/

また、劇中には勘三郎さんの「俊寛」が演じられていて合成かと思ったらこのロケのために勘三郎さんが俊寛をやられたそうですね!

そんなご馳走があったので完走はしたものの田村正和以外にもダメポイントはいくつかありましたので以下たたみます。


私の中で田村正和と同じくらいかそれに近い形で全体の雰囲気をダメにしたのが江口洋介でした。

彼は刑事ですが、玉砕の島であったサイパンから九死に一生を得て生還したという設定で、江口洋介からは、台詞としてはいろいろ出てくるのだけれど幾多の戦友たちの死を背負って高度成長の時代をちょっと斜に構えて見ている男という空気感がまったう出ていなかった。

昭和の時代が遠くなってしまっているからもうどうしようもないのだという気持ちがある一方、もうちょっと、江口さん得意のタバコをすぱすぱ吸うという以外に暗さ重さを感じさせる演技ができんかったもんかと……。

さらに、不可解な殺人事件が次々に起こってゆき、その影に昭和19年にスイスで死んだはずの人物(=田村正和)の影が出てきながら実は殺人を実行していたのは別の「集団」であったということが後編にわかってくるんだけどそこの処理がもうあまりにもテケトーというかばくっとしたという感じでビックリ。

松本清張といえば昭和の闇に迫った

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「昭和史発掘」の大作があるわけで、恐らく原作でかなりはっきりその「集団」の輪郭を書いているのではないかと思われます。

和平工作に当たった人たちを戦後20年経過しても許せず国会議員などになっている人々なのに、そのリーダー格が斬られ役として有名な福本清三さんとか、ないわw って感じで。

原作の改変、特に久美子が東京オリンピックのコンパニオンガールだったという設定にしなくてはならなかったのかも微妙でした。それもラストに本番ブッチとか、有り得るの?父親と行動を共にしているフランス人女性と会話するためにフランス語が堪能な人にしたのかもだけど……

フランス人女性といえばその人を演じていたのがジュリー・ドレフュスだとエンドロールで知ってビックリ。超老けていた…。

最後も田村さんと脚本の君塚さん、演出の永山さん全員へのダメだしだけど、田村さんはビール飲んだり盆暮れにはハム贈ったりしてるけど基本的に生活感をあまり感じさせない役者さんですよね。

そんなこともあって、奥さん(風吹ジュン)にはまったく興味をもつ感じがないまま娘の久美子にだけ会いたい会いたいとなる心情がまず理解できない。だから、ラストに「七つの子」を久美子と一緒に歌うという哀切なシーンが、その歌詞から大多数の人が思い浮かべてしまうギャグとも相まってもういたたまれないとしか言いようがなくなってしまった。

あそこは泣かせどころではあるとはいうものの、あの演出は大失敗だったと思います。

久美子と添田(生田斗真)の関係を久美子が報告する場面の

「(好きな人がいる、という前置きをして)ご飯をもりもり食べる人です」

なんていう台詞はよかっただけに、材料はだいたい鍋に入ってるんだけど出汁がうまく出てないというかうまく煮込めていないというか、そんな感じになっていたように思います。

やはり昭和の時代を描ける人が役者だけでなく脚本演出にも減ってきたとしか言いようがないのかなと。

ドラマが放送される前の日曜日の朝、フジテレビで「ボクらの時代」に田村正和と脚本の君塚さんと演出の永山さんが3人で出てたんだけど、田村さん以外の二人が超自画自賛してたのよね。まぁ自画自賛というよりは圧倒的に田村さんageというか。トーク番組にはめったに出ない田村さんを気遣ってのことかもしれないけれど…ドラマを観て、あの出来で満足しちゃうのかとガッカリしてしまったのでした。

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