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痛ましさ 坂の上の雲〈10〉 

旅順総攻撃

第一部第二部ともにかなりスイーツな香り濃厚、原作であまりとりあげられない家族の話やらアリアズナ&タケオやらに尺をとられて日露戦争自体が全然進んでない状況で突入した第三部。戦争自体は1904年の2月から翌年の7月までだから間違いじゃないんだけど開戦してからのその部分に原作の大半は費やされてるわけで残り4話で旅順から日本海海戦から終戦までやっつけるとなるとかなり無理ないですかね?って思ってました。

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とはいえことし1年、日曜夜8時が「自称大河ドラマ」によって台無しにされていたためいわゆるこれまでのオーソドックスな大河的なものなら、いや「シエ」以外ならなんでもアリという賢者タイムに突入しているせいか、迫力ある映像にやられっぱなしの90分でありました。

懸念されたスイーツ臭も、乃木さんちの長男の勝典さんはナレーションのみで戦死で静子さん(真野響子)の愁嘆場とかなかったし、特に秋山さんとこの女性たちがないない、みたいなこともなかったのにも、ちょっと安堵。

とりあえずNHKがドラマ制作のエースを投じてやってるっぽい気迫は伝わってきたのではないかと…。そして第一部から思い出してみるとやはりこの数年の映像技術の進歩が凄いのは実感できました!バルチック艦隊が出てきて煙突黄色くて艦首に双頭の鷲がついててめっちゃテンションがあがってしまいましたw

以下まぁ細かくグダグダ言うので畳みます。

とはいえ90分終わると若干アレな点もあり。

1.ナレーションが多すぎです!もちろんはしょらないといけないところがたくさんありすぎるから仕方ないんだけどね。

2.淳さん(=秋山真之=本木雅弘)をあんなDQNに描いちゃっていいのかね……。戦争終わってから軍務局長もやったし中将までは昇進した人だけどけっこうオカっぽい方向にいっちゃったりもしたから?島村速雄(舘ひろし)に甲板で投げ飛ばされる場面とか、必要だったのかな~。

3.登場人物のメリハリがなぁ…。将軍クラスでもたくさんいすぎて、整理するために第三軍の乃木(柄本明)と児玉源太郎(高橋英樹)を中心にフィーチャーするのは王道としても、知識のない人はさらっとキャプションが出て第一軍の黒木為楨大将や第二軍の奥保鞏大将が出てきても、その前に出た第三軍の参謀クラスとどこが違うのかわかりようがないし。黒木さんや奥さんは公式の登場人物紹介ですら扱われてないしね。

4.エンディングの「Stand Alone」が下手っぴでドン引き!それも歌ってるのが久石譲の娘。
「風の谷のナウシカ」で「ラン、ランララランランラン」のあの歌を歌った人だって言うんですよ。公式では「絶対音感をもつ彼女は」とか持ち上げてますけど、先週土曜日の土曜スタパでピアノ弾きながらの生歌がものすごい残念すぎて……。緊張してたとかいろいろあるんだろうけど音程もとれてないとこありましたからね。実際のエンディングでは合唱つけて厚み出してなんとかごまかしてますが、ホントひどい。

だいたい日本語も喋らないサラ・ブライトマンに高額のギャラを支払って歌わせてるんだから3年とおすのが筋ってもんじゃないですかね…。

児玉さん自身がそういう役回りだからだけど高橋英樹が大車輪の活躍ですね…。高橋さんがもってる「陽性」な空気をかってのキャスティングだったということですが、確かにあれで児玉さんがもっと別の俳優さんだと怒鳴ってばかりでしんどいかもしれない。

一方、原作者の司馬遼太郎にはもう超有り得ないほどケチョンケチョンに書かれてた乃木大将ですが、侍であっても近代戦の将たる器ではなく、御神輿としてかつがれつづけるしかないという哀しさが出て意外とよかった。旅順要塞でバタバタと兵が死んでいくなか有効な策が打てず児玉に面罵されたり。責任を感じた参謀が謝りにきたときに責任はすべて自分にある、と言ったところは上に立つものとしては礼儀だと思いつつ、だからといって分厚いベトン(コンクリート)で固められ、機関銃を撃ちかけて来る相手に銃剣と小銃だけで突撃させるだけっていう無策が免罪されるわけではないけどね。

CGとの合成ですが突撃シーンは地上波でさまざまな年代の人たちが観るにはぎりぎりのところでよい仕事をしていあと感じました。本放送は地上波で観て、あとから録画してあったBSプレミアムのを観たのですが2回目の総攻撃かな、兵が倒れてカメラに血しぶきが飛ぶ演出があってちょっと驚きました。地上波ではそんな衝撃場面あったかな?と思ったためです。

それにしても、すでに日露戦争のときにこれだけ自動化された武器で多数の死傷者を出したにも関わらず太平洋戦争でも銃剣突撃みたいなのやって人がたくさん亡くなったことを考えると、日露戦争はいったいなんだったのだろうって考えたのがひとつ。

こうやって人が次々斃れていくのが戦争だということを淡々と描いていけば一部で正岡子規(香川照之)が出かけた清国への遠足みたいなの描かなくても戦争の無惨さってわかりすぎるほどわかると思うんだけど、いちいち説明したり、職業=戦争 みたいな戦国時代の武家の娘に「戦は嫌にござりまする」と言わせるとか、困っちゃいますな。

私が信兄さん(=秋山好古=阿部寛)が好きだから仕方ないんだけど初回は、秋山支隊の偵察兵ふたりが調べてきた内容を信兄さんが本部に報告したんだけど、参謀の松川敏胤(鶴見辰吾)が「あったとしても急ごしらえのものだろう」といなそうとしたときの

「あるもんはあるんじゃ」

が最高によかったです。さて、明日の第2回は203高地です。また手で顔を覆いながら頑張って観よう。

コメント

今日もう一回聴きました。やはり結論は変わりません。ファルセットが不安定なのは聞き手にとって一番厳しいです。だからこそ、ソプラノはファルセットが安定して声量が出るように訓練してるのですから。それと、ブライトマン、森と名の通った歌手のあとに誰?って言われること自体既に相当マズイですよね。デビューしたての若い歌手ならともかく、30過ぎてろくな実績がないなんて、今までいったいなにやってきたんでしょうね?「ナウシカ」という最高のデビューの場を与えられながら今まで鳴かず飛ばずだったというのは、歌手としての才能がなかったということをはっきり示しています。実績のあるアーチストでさえドンドン契約を打ち切られるような大不況下の音楽業界、ろくに何の実績もないままここまで生き残れたのはひとえに親の力だけですね。まあ、それでも目立たないところで細々とやってればよかったのですが、何を血迷ったか、こんな大それた仕事を引き受けて、一体これって「誰得」なのでしょうか?

ありがとうございます

mさま、初めまして。コメントありがとうございます。

二部、森さんの歌もよかったのですが、公共放送として娯楽をどう追求するべきなのかという観点から本来はサラのエンディングを3年やるべきだったのではないかと思い上記のような書き方になってしまいました。

あと、サラ→森さん→久石娘 と歌い手を変えて視聴者に何を伝えようとしているのかも明確でないのでもやもやしています。

生歌は本当に最大限譲って「残念」としか言いようがありません。久石譲でも情実というか…本当に娘の歌がよいと思って抜擢したのだとすれば久石氏自身の音楽的センスを疑わざるをえませんね。むしろサラや森さんの歌を聴いてきた視聴者の多くが今後どう娘さんを評価するか考えるべきだったのではないかと。

主題歌は去年(第二部)、ブライトマンじゃなくて森麻季さん(日テレアナじゃなくて日本を代表するソプラノ歌手)でしたよ。「大人の事情」でブライトマンを使えなくても、森さんは今でもNHKの歌番組や自分のリサイタルでこの曲歌ってるんだから、なぜ彼女を下ろして久石娘なのかさっぱりわかりません。それにしても久石娘の生歌ですか。。。録音(修正)してあの程度なのだから生歌はもっと強烈なんでしょうね… いっそ新曲ならまだマシだったかも知れませんが、既存曲を使ったら嫌でも前二者と比較されるのはわかりきってるはずなのに。

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